研修受講報告書 **研修名** 全国市町村国際文化研修所(JIAM)研修「自治体予算を考える」 **講師** 武庫川女子大学教授 金﨑健太郎 氏 **日時** 2026年8月6日(木)~7日(金) **場所** 全国市町村国際文化研修所(滋賀県大津市) **参加者** 北海道から鹿児島まで全国の地方議員101名 研修内容の要旨 1.なぜ自治体の会計は分かりにくいのか 現行の地方自治制度は約80年前に構築されたもので、民間企業の会計とは考え方も用語も大きく異なる。予算審議は自治体にとって年間で最も重要な議決事項であるにもかかわらず、議員にとって馴染みの薄い言葉が並び、とっつきにくいという課題認識が前提として示された。 2.民間企業と自治体の会計目的の違い 民間企業は利益の確定が目的であり、収益が費用を上回ったかを確定させる決算(実績)が重要な意味を持つ。一方、自治体の目的は住民から集めた税金を使って行政サービスを提供することそのものにあり、「何にどう使うか」を事前に決める予算こそが最も重要で、決算は予算通りに執行したかを確認する手続きにすぎない。予算に対して不用額(使い残し)が生じた場合は、なぜ使わなかったのかを説明する責任が生じる。 3.会計年度独立の原則と予算の種類 その年度の歳入はその年度の住民サービスとして還元するのが大原則であり、複数年度予算は認められていない。歳入を過小(固く)に見積もることは、本来提供できるはずの住民サービスの水準を下げることにつながるため望ましくなく、実態に即して適正に見積もり、その全額を活用することが予算の基本である。当初予算に加え、国の補正予算の頻発に伴い自治体も補正予算を組む必要が生じる。年度をまたぐ繰越は本来例外であり、議会の議決を要する。 4.予算公開の原則と予算の提案権 行政サービスは予算によって実現するものであるため、住民に予算内容を理解してもらい協力を得る必要があり、分かりやすい公表の工夫が求められる。予算案を提案できるのは首長のみであり、議員は予算そのものを提案することはできない(条例は議会からも提案可能な点と対比)。これは首長が役所組織を使い、各部署へのヒアリングを経て予算を編成する立場にあるためである。ただし議会は予算審議の過程で修正案を提出することは可能である。 5.予算様式と歳入の見方 予算の様式はここ30年近くほとんど変わっておらず、全国の自治体でほぼ共通している(特別会計の扱いは自治体ごとに差がある)。最も詳細な情報は「歳入歳出予算事項別明細書」に記載されている。県議会は事業別に予算を編成し審議する一方、市町村は職員数が少なく、ベテラン職員以外には予算のどこをどう見ればよいか分かりにくいという実務上の課題がある。予算審議の際は歳入の「見積もり」の妥当性を確認することが重要で、役所は歳入を固く見積もる傾向があるため、徴収率の想定なども含め見積もりの根拠を精査する視点が必要である。 6.財政診断の目的――持続可能性の視点 地方自治体は憲法で存在を保障されており、絶対に「潰れる」存在ではない。だからこそ判断基準が曖昧になりやすく、財政を心配する意味は「今のサービスを将来の市民も同じように受け続けられるか」という持続可能性にある。今の延長線上に未来があるという前提に立てば、将来を見据えて財政状況を診断する仕組みが現行の地方自治制度には乏しいことが指摘された。絶対的な基準がない分、全国の自治体との相対比較を通じて自分たちの強み・弱みを分析することが有効であり、漠然とした比較ではなく様々な指標を用いた分析が求められる。決算カードは公表済み(最新は令和6年度分、令和7年度分は来年春公表予定)。 7.主要な財政指標 - **実質収支比率**:高すぎても良くない。過度な黒字は年度間の財政調整機能を果たしていない可能性があり、なぜ調整をしていないのかを問うべき論点として示された - **経常収支比率**:固定的経費が歳入に占める割合を示す指標で、「可処分所得」に例えられる。新規施策に取り組む財政的な余力を示すもので、非常に重要な指標である。かつては投資的経費(インフラ整備等)に多く使われていたが、近年は福祉・医療費助成・生活保護などの経常的な扶助費の割合が増加し、自治体の歳出構造そのものが変化している。経常収支比率は将来にわたって上昇し続ける可能性がある構造的な問題として捉えられており、義務的経費は一度始めると縮小が難しく、高齢化の進行等により今後も増加傾向が続きやすい。新しく箱物(公共施設)を建てると、建設費だけでなくその後の維持管理費・光熱水費・人件費などが「経常経費」として恒久的にのしかかり続け、将来世代の選択の自由度を先食いすることになる。税金を使って何か新しいことをする際は、単年度予算だけでなく、その施策が将来にわたって経常的な負担として残るのか、単発の投資で完結するのかを見極める必要がある 8.基金の考え方 基金は目的を持って積み立てることが重要(例:学校改築に備えた基金)。財政調整基金は特定目的を持たず、税収の増減に備えるバッファーとしての位置づけである。基金の積立基準・金額に法的な決まりはなく、自治体ごとに任意で運用されている。目的なく普通預金的に貯め込むことは望ましくないとの指摘があった。公営企業(水道等)では施設更新に備えた積立の必要性がある。 9.資産管理・その他 自治体が保有する資産(道路等)の総額把握には固定資産台帳の整備が出発点になるとの論点が示された。また、民間企業が経営努力をしているのに対し、行政の金銭感覚が緩いのではないかという問題提起もあった。 10.グループワーク 研修後半は各議会が抱える課題・問題についてグループワーク形式で話し合いを行い、その後、話し合った内容を参加議員全体でシェアする時間が設けられた。 11.まとめ――議会の役割 毎年の予算の積み上げ、今の積み重ねが未来につながるとの視点が示された。議会を通じてお金の使い方を決めていくことが予算であり、議会は予算を通じて市民の声を行政に伝え、要望・提案していく役割を担う。しかし人口減少により自由に使える財源は減少している。一方で人口は減少しても世帯数は増加しており、家族の力を借りられない人が増えている。平成に入り地方分権改革が始まり、市町村が住民に寄り添ったサービスを行う方向へ進んだ結果、市町村の業務負荷・作業量は増大している一方、人手も財源も不足している状況にある。人口減少が進む中、これから議会に求められる役割は、何をやめて何に使うかについて、住民や関係者との合意形成(コンセンサス)を図っていくことであるとの結論で研修は締めくくられた。 所感 自治体予算が「決算のための予算」ではなく「予算そのものが行政サービスの実現行為」であるという原則は、決算審議に比重を置きがちな議会活動の視点を改めて予算審議に向けさせる重要な指摘であった。特に、歳入を過小に見積もることが住民サービスの縮小に直結するという説明は、今後の予算審議において歳入の見積根拠を確認する際の具体的な着眼点として活用したい。 自治体は憲法で存在を保障され「潰れない」からこそ、将来世代が今と同じ行政サービスを受け続けられるかという持続可能性の視点で財政を診断する必要があるという指摘は、単年度の収支だけでなく経常収支比率のような構造的な指標を継続的に注視する重要性を改めて認識させるものであった。 向日市は年間収入約260億円に対し財政調整基金の残高が270億円あり、今後の小中学校建設に備えたものと伺っている。今回の研修を通じて、基金は目的を持って積み立てることの重要性を改めて実感した。あわせて、実質収支比率が高い水準にあることについて、なぜ年度間の調整を行っていないのか、今後の議会質問等で確認していきたい論点として持ち帰った。 また、予算様式が全国でほぼ共通しているにもかかわらず市町村議会では読み解きが難しいという課題認識は、向日市議会における予算資料の分かりやすい公表・説明のあり方を検討する上でも参考になった。グループワークを通じて他自治体の課題を共有できたことも、今後の議会活動における視野を広げる機会となった。 人口減少により自由に使える財源が縮小する一方、地方分権改革以降、市町村が担うべき行政サービスの範囲・業務量はむしろ増大しているという構造的なジレンマは、向日市の今後の予算編成・議会審議を考える上でも直視すべき課題だと感じた。これからの議会に求められるのは、単に新しい施策を求めることだけでなく、「何をやめて何に使うか」について市民や関係者との合意形成を図っていく役割であるという指摘を、今後の議員活動の指針として持ち帰りたい。