東日本大震災から13年 今思うこと
東日本大震災から今日で13年を迎えます。
本会議中ですが会議中でも14時46分に黙祷を捧げることにしています。
13年前のあの日、皆さんはどこで何をされていましたか?
私は自宅で妹とこども達を遊んでいて、テレビで信じられない光景を目にしながら
現実かどうかすらわからなかったことを想い出します。
当時、一番下の子が1歳で抱きしめながらテレビを見ていました。
只々・・・何もできないと・・・
その後、2012年春に、我が子の通う幼稚園の園長が、京都府私立幼稚園連盟として福島県に視察へ
その際に福島県の幼稚園連盟の先生が「夏休みに京都に呼んでもらえたら嬉しい」とおっしゃいました。
その後、この思いを叶えるために、幼稚園の保護者有志で「おいないプロジェクト」を立ち上げ
バザーなどで資金を集め約3年間毎年福島の幼稚園の先生方を京都にお招きする取組が始まりました。
この「おいないプロジェクト」の世話役になったのが全ての始まりです。
同じ時に生を受けたこども達、また目の前で涙する福島の母は明日の私かもしれないと思いました。
日々当たり前に使っている電気が、事故は起こさないと信じてきた原発が私たち人間の力では
扱えないものだということも知りました。
そして国はこども達や国民を守ってくれると信じてきましたが、あの時、自分の命は自分で守らないといけないと知りました。
放射線が大量に大地に降り注いだあの日も、国民を混乱させるという理由で市民には伝えられず
放射線が降り注ぐ下で、水くみに並んでいたこども達。市民。
事実を知っている関係者だけが先に避難していたこと。本当に信じられなかった。
震災後、安全基準も引き上げられて、「直ちに影響はありません」の言葉を連発する大人たちに
複雑な気持ちになった。そしてあの時、原子力には依存しない社会にしようと決めたのに
今も尚新設し、本気で原子力を止めようと思っているのか?私にはわかりません。
どの立場で福島を、エネルギーを見つめるかで大きく答えが変わってくることも
知りました。そして真の復興がどの様なものなのか・・・今も私の中で答えは出ずに
考え続けています。ただ、こども達の健康や未来は大人たちが守っていくべきだ!
ここはずーと変わりません。小児甲状腺ガンは340名を超え因果関係は全くわかりません。
今は亡き祖母が、「満州で働いていて、命からがら数年後に帰国。あの時、国は信じたらあかんと思い知った。
自分の身は自分で守るために考えることを止めたらあかんよ」と話していたことを想い出します。
私たちは、考えること止めないで、色々な自分のココロとも向き合いながら
生かされる今に感謝し、今日も私にできることを行動していきたいと思います。
全ては100年先のこども達の幸せを願って・・・ミンナソラノシタ。
YUMEMIDORI復興支援ライブ2024~ともに~
長く続くこの復興支援ライブに呼んでいただいて、ミナソラもステージに立たせてもらいました!
幼稚園留学で出会った福島の母子の話や福島の今をお話させていただきました。
福島への想いがあふれて、なんだか涙のステージに。
花*花さん、SANISAIさん、高田志麻さん、トミタショウゴさん、上條瑞穂さん
ラストはアーティスト皆のセッションで大迫力のフィニッシュでした!
会場・配信の皆さんと一緒に3.11に想いを寄せて、時間を共有できたことを幸せに思います。